『万能の霊薬』
作:天びん。
(3:2:3) ⏱60分
【登場人物】
・エリス=オーベル:リーベルの女性皇族、白銀の長髪を縛ってポニーテールにしているエルフ。常識的だがたまに何処か抜けている。
・リア:リーベルに住んでいるエルフの女性で占い(特にタロットカード)が好き。たまに皇族のエリスに頼まれ、軍の戦況やリーベル国の未来について占ったりしている。
・ティアン:性別不問、獣人、猫耳。何処の国にも属さない戦いの見届け役。
・イタロ:人間の男性で自称錬金術師。何に対してでもとりあえずやってみるという考えの持ち主。現在はマリシ国民だが、昔タングリスニに居た頃、フーリ含むリーベル国民2名の拉致に関与したことがある。(部下Cと兼役)
・テルエス:性別不問、タングリスニの皇族、耳が半ばから切り落とされており、右手が義手で執事服を身に纏っているハーフエルフ。軽薄で人懐っこい印象を受けるが、人間不振で冷徹な一面も。エミールという偽名を使い、フーリ含むリーベル国民2名を拉致した過去がある。
・ギャギャギャリアン=ヴェルナヴァンド:人間の男性だが、自分の身体さえも被検体にして様々な実験を行っている天才博士。人間の見た目でありながら非人間的な身体能力を有している。楽しければそれでいい。現在はタングリスニに住んでいる。
・フーリ:性別不問、狐の獣人で両膝から下がオートマテリアによる義足の薬師(くすし)。昔は放浪の薬売りとして薬を売り歩いたり治療したりしていたが、タングリスニのテルエス達に捕まり、現在はタングリスニに居る。(部下Aと兼役)
・マズダー:男性、人間のおっさんに見えるが実はアンドロイド。何処の国にも属さない戦いの見届け役。(部下Bと兼役)
※部下Aはフーリ役、部下Bはマズダー役、部下Cはイタロ役の人が兼役してください。
※兼役でやる場合は、ティアン&フーリ、イタロ&ヴェル、とすると丁度いいと思います。
※この作品は眞空様作『枯木症』(https://taltal3014.lsv.jp/app/public/script/detail/3779)から着想を得たものです。
エリス:(緊迫した重苦しい雰囲気で)…状況は?
リア:報告します。
リア:本日城下町で5名、湖周辺の集落で3名…そして神殿近くの集落で2名の発症が確認されました。
エリス:(息を吸い込んで)今日までで39名発症か…頭が痛いな。
リア:本日発症した者は全て指に症状が見受けられ、依然として感染経路及び治療方法は不明のままです。
エリス:そうか…その者達を一か所に集め、治療を続けてくれ。
リア:―ドライアド症候群。
リア:数週間前からリーベルで流行している奇病です。
リア:症状の進行も早く、最初は手にマメができるように、皮膚の一部が硬くなるだけだったのですが、次第に皮膚が木の幹のようにゴツゴツとひび割れて硬くなり、発症者の身体はどんどん樹木のように変わり果ててしまう…。
リア:そんな恐ろしい病が今、何故かリーベル国内で流行しているのです。
エリス:重症者の経過はどうだ?
リア:…両腕が既に樹木化しております。自由に腕が動かせず、発狂して暴れることもあるため、やむなく身体拘束を行ったと…。
エリス:投薬の状況は?
リア:現在、国内で保有している薬の中から効果のありそうなものを試験的に投与していますが、改善はみられないとのことです。
エリス:そうか…。
リア:過去にはドライアド症候群のような奇病の流行はなかったのですよね?
エリス:あぁ。ありとあらゆる書物を確認したが、そのような事実は確認できなかった。
リア:ならば…ならば、国外からもたらされたものという観点は―!
エリス:リア。周辺各国にも確認をとったが、そのようなことはなかった。
エリス:科学技術が発達しているマリシにも問い合わせたが、そのような症状は見たことも聞いたこともないと言われただろう。
リア:申し訳ございません。…少々取り乱しました。
エリス:いい、リアも少し休め。働き詰めではそのうち倒れてしまうぞ。
リア:しかし―
―そこにバタバタと足音を立てながら臣下のエルフ(部下A)が駆け込んでくる。
部下A:エリス様!投薬によりドライアド症候群の症状が緩和されたとの報告が!
エリス:何?!
リア:詳しく説明してください。
部下A:はっ!先程、ある薬剤を投与したところ、重症者の両腕が元の肌に戻ったとのことです。
エリス:でかした!…して、その薬剤とは?
部下A:その薬剤とは…以前フーリ殿から仕入れていたエリクサーです。
リア:何ですって…!?
部下A:今回投与する薬剤の中にたまたま残っていたものだそうで、他のエリクサーでは効果が見られなかったことから、上級エリクサーであると考えられます。
リア:上級エリクサー…
エリス:そうか…では国内の上級エリクサーを速やかに発症者へ…
部下A:そう考え、上級エリクサーの在庫を確認したところ、現在流通はしておらず、我々で確保できたのは5本のみでした。重症者への投薬状況から考慮しても完治するまでに1人3本は必要です。
部下A:国外でも流通は稀で、安定した供給には程遠いかと…。
エリス:…っ!治療方法が分かったというのに、私は何もできないのか…!
リア:…エリス様、私の知り合いでエリクサーに詳しい者に心当たりがございます。
エリス:―!それは誰だ?
リア:イタロさんです。彼は錬金術師でオペルソン神殿に閉じ込められた時もその知識で助けてくださいました。実はクリオさんを調査派遣するようバルナに頼み込んでくださったのは彼なのです。
エリス:リア?何故その時に報告しなかった。
リア:イタロさんはエリス様からの心証が良くないからと、最後まで自分の名前をエリス様に出さないよう言い含められました。「俺の名前を出さない方がうまく回るだろう」と。
エリス:そうか…しかし、背に腹は代えられん。すぐにでも連絡を取ろう。
リア:ただ1つ問題があり…ここしばらくイタロさんと連絡が取れておりません。なのでまずは探してみないことには…
エリス:分かった、では早急にイタロの消息を追ってくれ。私も自分に可能な範囲で探してみる。
リア:はい。
エリス:ではもう休め、さっきから顔色が良くない。明日からは他国に問い合わせることもあるだろうから忙しくなるぞ。
リア:…分かりました。―失礼します。
―リア、リーベル城を出て、森の中を歩いていく。
リア:(今の発症スピードでは国民全員が発症してしまうのも時間の問題…私達の国はこの先一体どうなってしまうの…。)
ティアン:ん?あれー、リアさんじゃん。どうしたの、そんな暗い顔して…。
リア:ティアンさん?!お久し振りです。
ティアン:うん、久し振り!ちゃんと元気だった?
リア:えぇ、身体の方は大事ありません。ティアンさんも元気そうで何よりです。
リア:今も大陸中を旅して回っているんですか?
ティアン:そうだよ!久々にリーベルに来たからリアさんに会っていこうと思って探してたんだ~。
リア:まぁ、そうだったのですね?
ティアン:でもさ…リーベル、前に来た時より活気がなくなった?なんか雰囲気も暗くて空気が少し重いような気がするんだけど…。
リア:実は…今リーベルは流行り病に侵されているのです。
ティアン:流行り病?
リア:ドライアド症候群といって、身体がだんだん樹木化していく病気です。
ティアン:木になっちゃうの?マジで??
リア:はい…。発症者もどんどん増えており、ようやく治療法が分かったかと思いきや、今度は治療薬の確保が難しくて…。
ティアン:あぁ…それは大変…。ちなみにその治療薬って何なの?
リア:上級のエリクサーです。発症者1人につき3本は必要だそうで…、丁度さっきまで何とか確保できないかエリス様と頭を悩ませていた所なんですよ。
ティアン:そうなんだ…。あ!それならアイツに頼めば?イタロ!
ティアン:アイツなら錬金術師だし、何とかできるんじゃない?
リア:私もそう考えたのですが、ここしばらく連絡が取れておらず…まずは探す所から始めなくては…。
ティアン:なーんだ、それならあたしに任せて!イタロは今マリシにいるんだ。
リア:えっ?!マリシですか…?!
ティアン:うん、少し前にバルナからマリシに移動したんだ。拠点にしてる場所も知ってるからあたしが連れてってあげる!
リア:あぁ…!ティアンさん、本当にありがとうございます!!なんと御礼を言ったらいいのか…!!
ティアン:気持ちは嬉しいけど、そんな暇ないんでしょ?
ティアン:早いとこイタロの所に行こう、ね?
リア:…っ!はいっ!!
―数日後、ティアンはリアとエリスを連れ、マリシの繁華街を歩いていた。
エリス:ティアン殿、この度は本当に助かった。
ティアン:いいよ、いいよ、気にしないで。困ったときはお互い様でしょ!それにあたし堅苦しいの嫌いだから、ティアンって呼んで。
エリス:…ありがとう、ティアン。
リア:それにしても…マリシの街並みはリーベルとは大違いですね…ほとんど機械で動いてます…
エリス:そうだな、見慣れないものばかりで目が回りそうだ…町の周囲は砂漠のようになっていたし…ここまで緑がないと不安になってしまうな。
ティアン:まぁ、リーベルの民は緑豊かな自然と共に生きてるから余計にそう感じるのかも。
ティアン:…えっと、この先の路地を曲がって突き当りの家に住んでるはずだよ。
エリス:よし…行くか。
―リアが戸を数回ノックする。
イタロ:どうぞ…って、リア!?
リア:イタロさん、しばらくぶりですね。
イタロ:どうしたんだ、お前…こんな所まで…。そもそもどうやって…!
ティアン:あたしが連れてきたんだよ。
イタロ:あっ、お前は…!
リア:ティアンさんが居場所をご存じでしたので、連れてきていただいたんです。
イタロ:なるほど…で?何かあったのか?
リア:ちょっとご相談したい事がありまして…
イタロ:私に?何の相談だ?
リア:イタロさんは錬金術師ですよね?…ならば製薬・調合の技術はお持ちのはず。
リア:相談したいのは、上級エリクサーの生成についてです。
イタロ:―!上級エリクサーだと?!
リア:エリクサーは錬金術において飲めば不老不死になると言われている霊薬…イタロさんでしたら生成したことがあるのではありませんか?
イタロ:…理由は?
イタロ:悪いが、俺もそこまで優しくないんでね。不老不死のためとかつまらない理由ならお断りだ。
リア:それは…!
エリス:(小声で)私から話そう。
リア:(小声で)―エリス様。
エリス:…邪魔をする。
イタロ:お前…っ!
イタロ:…リア、話が違う。俺は直接関わらないという約束だったはずだ。それがどうして―
リア:急を要するんです!
イタロ:…。
エリス:…息災だったか?
イタロ:お陰様でな。
イタロ:…あの時はすまなかった。命令とはいえ、あまり気持ちの良いものではなかっただろ。だから神殿の調査も直接俺が噛むと面倒なことになると思ってクリオ殿を紹介してもらったんだ。
エリス:そうだったのか…。
イタロ:…で?急を要するってのはどういう事なんだ?そもそも流行り病とは何だ?
エリス:国民の…流行病に苦しむ皆を助けたい。どうか、力を貸してくれないだろうか。
―リアがドライアド症候群について説明する。
リア:…という事でして、それで急遽上級エリクサーが大量に必要なのです…。
イタロ:…なるほど、事情は分かった。
エリス:それで…上級エリクサーの生成は可能だろうか?
イタロ:…生成自体は可能だ。
リア:では―
イタロ:だが、量産することはできない。
リア:それは何故ですか?
イタロ:エリクサーは下級、中級、上級と全部で3種類存在するが、上級エリクサーの調合成功率はかなり低いんだ。だから材料が揃っていても成功するとは限らないし、そもそも流通量が少ない。
エリス:そうか…。
リア:あの…っ!でしたらイタロさんにはリーベルに定住していただき、上級エリクサーの生成をお願いするというのは…!
イタロ:悪いがそれもできない。
イタロ:今や私はマリシの住人だ、私にも都合というものがある。
リア:そうですか…。
イタロ:…力になれなくてすまない。
―しょんぼりと肩を落とすリアを見て、エリスは覚悟を決める。
エリス:…タングリスニに使いを出そう。
リア:え…?
エリス:フーリさんを返してもらえないか打診するんだ。
エリス:私が知る中でフーリさんを越える薬師はいない…。彼女しか作れないのであれば交渉や取引をするなりして彼女を返してもらう他ないだろう。
イタロ:おい、嘘だろ…正気か?
エリス:私はいたって正気だよ、イタロ君。
エリス:もう既に発症者は40名近く…私には迷っている暇なんてない。
エリス:…邪魔したな。
―エリス、イタロの家を出ていき、リアが慌ててそれに続く。
ティアン:…感じ悪ぅ。
イタロ:何だよ!…というかそもそもお前何で俺の居場所を知ってんだ!
ティアン:それは企業秘密★
ティアン:…でも、本当に良いわけ?
イタロ:何がだ。
ティアン:あんな風に断っちゃってさ?リーベルの状況とかも全然知らないままじゃん。
イタロ:いや、俺としても奇病は気になるし、上級エリクサーのどの成分が効くのかとか調査してみたい気持ちはある。
ティアン:なら、一度リーベルに行ってみるくらい、いいんじゃないの?
ティアン:実際にアンタが現地で状況を目にすることで、何か新しく分かることがあるかもしれないじゃん。
イタロ:…。
―イタロしばらく考えていたが、少しして家の扉を開け、エリスとリアの背中に向かって声をかける。
イタロ:…おい!見に行くだけなら行ってやる!…何か分かるかもしれん。
―数日後、タングリスニ城内執務室では、テルエスがリーベルから送られてきた書状を受け取っていた。
部下B:失礼します!リーベルより預かった書状をお持ちしました。
テルエス:ありがとう、下がっていいよ。
―部下B、一礼して去っていく。
ヴェル:おやぁ?何かあったんですかぁ?筆舌しがたい表情になってますよぉ。
テルエス:ん?…いやね、リーベルから薬師のことで申し入れがあったんだ。
テルエス:僕の調べだと今リーベルでは奇病が流行っているらしいから、その件だろうね。
ヴェル:おぉ~こわぁい。テルエスさんは既に間者を忍ばせているんですねぇ。絶対に敵に回したくないタイプですぅ~。
テルエス:情報は鮮度が命だよ?相手より先に情報を知っていれば優位に立てる場面なんてザラにある。
テルエス:…あ。そこの君、フーリを呼んできてくれる?
―テルエスが近くに居た臣下にそう頼むと、臣下はフーリを探しに部屋を出ていった。
ヴェル:…にしても、奇病ですか…。
ヴェル:研究者としての血が騒ぎますね~、どんな症状なんですかぁ?
テルエス:端的に言うと、木になる病気さ。植物状態とか比喩としての意味ではなく身体が木になっていく…そんな病気。
ヴェル:ほほぅ、そんな病気があるんですかぁ…世界とは本当に広くて面白いですねぇ。
テルエス:博士はこの奇病について何か知ってる?
ヴェル:いやぁ…初めて聞きましたよぉ。寧ろ戦争兵器として使えそうじゃありませんかぁ?何人か研究用に被験者寄越してくれないかなぁ…。
テルエス:君、怖いこと言うね。
フーリ:(ちょっと嫌そうに)…お呼びですか?何でも私の事を探してたそうで。
テルエス:やぁ、来たね。
ヴェル:おやぁ!フーリ君じゃありませんかぁ!その尻尾にお耳…いつ見ても触り心地良さそうですよねぇ…。
ヴェル:今度ゆっくり堪能させてくれませんかぁ?
フーリ:お断りだよ。
フーリ:あんたの事だ、そのうち椅子とかに縛り付けて解剖させろとか言い出しかねない。
ヴェル:おぉ~!何で私の考えてることが分かったんですかぁ?エスパーですかぁ?獣人特有の感覚器官で感じ取っているんですかねぇ…?非常に興味深いですぅ!
テルエス:博士、無駄話をするなら出ていってくれ。…フーリ、そこに座って。
―ヴェルが退出し、フーリは出来るだけ離れた席に腰掛ける。
テルエス:…やだなぁ、もしかして昔の事まだ引きずってるの?同じ国に属する者同士仲良くしようよ。
フーリ:最初に私の足を切り落とそうとした癖に、よくそんなことが言えるね。
テルエス:そんなに距離を取らなくとも、君の足を取ったりなんかしないよ。
テルエス:…今はね。
フーリ:今は?!いずれ取るかもしれないってことかい!
テルエス:ちゃんと協力してくれたらそんな野蛮なことはしないよ。僕だってそんな暇はないんだから。
フーリ:…けっ。
フーリ:サイコパスが…。(ボソッと)
テルエス:本題に入るよ?
テルエス:…フーリ、君は人体が木に変わってしまう病気について聞いたことがあるかい?
フーリ:人体が木に…?そんな魔法みたいな症状、見たことも聞いたこともないよ。
テルエス:君は放浪の薬売りだった。
テルエス:その見識には国益に繋がるレベルの価値がある、その言葉に嘘はないね?
フーリ:薬師として断言するよ。今の言葉に嘘はない。
テルエス:そうか、分かった。じゃあ仕事に戻っていいよ。
テルエス:今日もタングリスニのために働いてね。そしたら、そう遠くないうちにご褒美をあげるかもしれないよ。
フーリ:まったく何なんだい、急に呼び出したり仕事に戻れと言ったり…人使いが荒いねぇ…。
―フーリが退出すると、テルエスは再びリーベルからの書状に目を落とす。
テルエス:リーベル国内でしか確認できない症例…、リーベル特有の『何か』が原因なんだろうけど。
テルエス:…まぁ、近いうちにタングリスニを訪問するって書いてあったし、話だけでも聞いてみるつもりだよ?
テルエス:―僕は優しいからね。
―書状を渡した部下Bがタングリスニの場内を歩いている。
マズダー:(何か情報が拾えるかと思って、タングリスニの臣下に変装してみたら…)
マズダー:(リーベルで奇病?そんな話今まで聞いたこともねぇ。)
マズダー:いったい何が起こってやがんだ…?
―一方リーベルでは、リアがイタロとティアンを連れて発症者の状況について説明していた。
リア:お忙しい所を来ていただき、ありがとうございました。
イタロ:気にするな。
イタロ:それに…ここまで病気の進行が早ければ、僅かな可能性に縋りたくなる気持ちも分からなくはない。
リア:そう言っていただけると、助かります。
ティアン:病気の原因は分からないままなんだよね?
リア:えぇ…皆さんいずれも別々の時間、別々の集落で、別々な事をしている際に発症しています。つまり共通する事象が何一つないのです。
リア:最初の発症者にも簡単な聞き取りを行いましたが、感染源になるようなことは確認できませんでした。
イタロ:木に変わってしまう奇病…寄生型の植物に触れて寄生されてしまったのだとしても、それなら前例があって然るべきだ。それすらもないとなると…リーベルでしか確認できない症状であることからも、リーベル固有の何かが原因であるとしか思えない。
リア:はい…周辺各国にも確認を取りましたが、元リーベル国民に発症者はいませんでしたし、発症者の中には他国からリーベルに移住してきた民もいます。
リア:―私達はこの先どうすれば…。
ティアン:リアさん…。
イタロ:…あまり下を向くな。俺が言えたことではないが、リアやエリス達が一生懸命国民のために尽くしていることは誰の目から見ても明らかだ。他人のための努力が実を結ばないわけがないだろう。
イタロ:生きている以上、何があっても希望を捨ててはいけない。…探求は力だ。お前が折れてしまったら、誰がエリスを支える?アイツはアイツで正しいが、正しいことが全てとは限らない。暴走したら面倒なタイプだろ?
ティアン:…何だよ、良いこと言うじゃん。
イタロ:五月蝿い、茶化すな。
リア:イタロさん…ありがとうございます。
リア:このような事態に陥ってからというもの…リーベルはどんよりとした雲に覆われているかのようで…心なしか陽光の木も覇気がなく、悲しんでるように思えてしまいますね。
―そう言うとリアは近くに植わっている大木に歩み寄り、その幹に手を添えた。
イタロ:陽光の木?随分と立派な大樹だが…これはそんなに大切な木なのかい?
リア:はい…リーベルの民にとっては心の拠り所のような木なんですよ。
リア:伝承では…賢者オーベル様が魂を宿した木だとか、リーベルで初めて植えられた木だとか言われているんです。
エリス:―リア!タングリスニが謁見の申し入れを承認した。すぐに準備して出るぞ。
―エリスが遠くから走ってくる。
リア:はい!…折角ですが、詳しい話はまたの機会に。
リア:…励ましてくださって、ありがとうございます。
―リアがバタバタと走っていくのを見送ると、ティアンはイタロに目線を向ける。
ティアン:タングリスニ、謁見の回答にしては随分返事が速かったね。
イタロ:…。
ティアン:…あたし心配だからやっぱり追いかける。
イタロ:追いかけてどうする…あいつらを助けるのか。
ティアン:助けはしないよ、あくまで見守るだけ。
ティアン:あたしがイタロの所まで連れて行ったのは、助けを求めている相手に手が届かなかったから。仲介としての役割でしかないし、あたしも面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだからね。
ティアン:…リアさんには悪いけど、国を助けたいなら自分達で足掻くしかないんだ。
イタロ:…。
―タングリスニに入国、エリスとリアが城の中に入ると、謁見の間に通される。
エリス:リーベルが皇族、エリス=オーベル。貴国にご助力賜りたい件があり参上しました。
テルエス:やぁやぁ、ここまで来るの大変だっただろう。楽にしていいよ。
エリス:…はい。早速本題ですが―
テルエス:えぇ?もう本題に入るのかい?交渉をする際は雑談をした方がスムーズに進むんだよ?
エリス:…一刻を争う事態なのです。ご容赦いただきたい。
テルエス:いいよ、続けて?
エリス:では…リア、頼む。
リア:はい。現在我がリーベル国内ではドライアド症候群という奇病が流行っております。
テルエス:なるほど。
テルエス:規模にしてどのくらい?
リア:現在発症者はゆうに50名を越えており、症状の進行スピードも早いため、重症者だと両腕が完全に樹木化した者もおりました。
リア:感染経路は今だ不明で調査を続けてまいりましたが、先日ようやく治療法が見つかった次第です。
テルエス:へぇ、治療法見つかったんだ。何だったの?
リア:上級エリクサーを3本投与することで、身体の樹木化を解くことが出来ます。
テルエス:…ふぅん。
テルエス:奇病のことはある程度調べて知っていたけど、治療薬は上級のエリクサーねぇ…。
テルエス:それでリーベルとしては、凄腕の薬師であるフーリを引き渡して貰えないか交渉しに来た…って訳だ。
エリス:…推察の通りです。
テルエス:仮にうちがフーリを引き渡すとして、君達リーベルの民は何をしてくれるんだい?
テルエス:…あぁ!形式上の敬語とかは必要ないよ。僕は君個人の誠意が知りたいだけなんだ…エリス。
エリス:しかし…これは国と国の問題。公私混同するわけには…!
テルエス:いいから…答えなよ。
エリス:…私は病に苦しんでいる国民を救いたい…。
エリス:感染経路や治療法の調査・研究に関して、私は何も力になれなかった。救う方法が分かった今…私に出来ることがあるなら、例えこの身を捧げても構わない。
エリス:望むなら…煮るなり焼くなり、好きにするといい。
リア:エリス様?!
テルエス:…軽率に身を捧げるとか言わない方がいいと思うよ。
テルエス:でもまぁ…要するにエリスは国が助かるなら何でもするつもりなんだね?
エリス:そう捉えてもらって構わない。
テルエス:でもなぁ…『土下座してお願いします』はもう見せてもらったし、二番煎じはつまらないよねぇ…。
テルエス:じゃあ、そうだなぁ…うちが何か困った時にエリス、君に対処をお願いするっていうのはどうだい?
エリス:は…?私に介入しろと?
テルエス:いや、そうじゃなくって。
テルエス:煮るなり焼くなり好きにしてもいいなら…うちの盾にも矛にもしたって構わないんだろ?
―それまでエリスの傍らに控えていたリアがテルエスの意図に気付き、激昂する。
リア:(コイツ…!外交問題に関わるような面倒事はリーベルに対処させて最悪身代わりにするつもり…?!)
リア:…何てことを…!貴方、他人(ひと)をなんだと思って―!
エリス:止せ、リア!
エリス:これでもタングリスニの皇族だ。
リア:しかし…!皇族とはいえお言葉が過ぎます…!
エリス:それ以上は外交問題になりかねん。
リア:…っ!
リア:すみません、出すぎた真似をしました…っ。
テルエス:…それで?答えは?
―人懐っこそうな微笑みを浮かべたまま、テルエスがエリスに問いかける。
エリス:―可哀想な人だ。
テルエス:…はぁ?
エリス:そのような言葉遊びでしか対人関係を計れない、可哀想な人だと言ったのだ。
テルエス:君、今の立場分かってる?
テルエス:一応リーベルは今タングリスニに助力を乞うような状態だよ?口の聞き方には気を付けた方がいいんじゃない?
エリス:最初に私個人の誠意が知りたいと言ったのはそちらだ。
エリス:…リーベルの民を拉致したように、今度は私に他国の民を拉致させる気か?そのように国家間の緊張を悪戯に煽るのは楽しいか?何故要らぬ火種を撒き、他国との関係を悪化させようとする!
エリス:我らリーベルの民が求めているのは安寧、ただ静かに暮らしたいだけなんだ。例え法に反する行為が見受けられたとしても、法のもと正式に裁けば良いだろう!!それを何故…何故余計に拗らせようとするんだ!!
テルエス:ハハハハハハ…!!
テルエス:もう流石としか言えないね、君の口から飛び出すのは綺麗事ばかりだ。
テルエス:いいかい?君は統治者として甘すぎる、甘すぎて反吐(へど)が出るよ。
テルエス:綺麗事を並べるだけで国が回るなら、その世界はどれだけ花で溢れているんだか。
エリス:理想を語り、それを目指すために努力して何が悪い!
エリス:この大陸には異なる4種族が生活しているのだ、多少なりともいざこざが起こるのは理解できる。賢者様亡き今…我ら皇族が手を取り合い、そういった諍いを無くすべく努力することが必要なんじゃないか!
テルエス:いかにも世の汚いところを知らないお嬢様のような台詞だね!
テルエス:君は環境に恵まれ過ぎている。周りに頼り切って自分は狭い視野でしか物事を判断できないからそんな甘い言葉が簡単に出てくるんだ。
テルエス:現実はそんなに甘くない。僕のように謀略で他人を陥れようとする輩なんかそこら辺にウジャウジャいるよ!
テルエス:それとも何か?君の理想とする世界ではそういった輩は排除されるのかい?
エリス:…。
テルエス:…なんだよ。
エリス:私はそれでも…手を取り合う世界を想像してしまう。
テルエス:おいおい、今度は偽善かい?勘弁してくれよ…
エリス:そうではない。
エリス:私はこれほどまでに対立していても、どこかお前を憎みきれないんだ。
テルエス:…。
エリス:国を運営する以上、内外問わず対立は絶対に避けられない。種族が違えばちょっとした行き違いや差別なども出てくるだろう。でもそれは個々の思想の違いから来るものであって、直接憎む憎まないの話に結び付くわけではないじゃないか。
エリス:お前だって手段は違えどタングリスニのために最善を尽くしている、私もそれは分かっているつもりだ。
エリス:だがお前のやり方では誰も幸せになれない。お前自身をも傷付けて得られるものは多くの妬み、憎しみなんて…辛くなるだけじゃないか!
エリス:私には…あの日助けを求めてリーベルにやってきたエミールが、お前の本来の姿のように思えてならないんだ。
テルエス:…それで僕の気持ちを理解したつもりか?あまりふざけたことを口にするなよ…
―テルエス、それまでの笑みを、感情の色を全て消して、エリスの顎をガッと掴む。
テルエス:―お前に僕の気持ちは分からない。
エリス:…っ。
―テルエスは感情が抜け落ちた目でしばらくエリスを見やると、顔をつかんでいた手を離し、再び人懐っこそうな笑顔を装備した。
テルエス:…大分話が逸れたね。
テルエス:良い案かと思ったけど、リーベル側の同意は得られないようだ。
リア:あ…当たり前です!
テルエス:うーん…
テルエス:…ねぇ、君。リーベルがフーリを欲しがるのは何で?上級エリクサーの調合成功率が低くて、数の確保が難しいから?
リア:それもありますが、重症者の樹木化を解いたのがフーリさんの調合したエリクサーだったからです。
テルエス:へぇ…。
テルエス:…あ。良いこと思い付いた!
テルエス:勝負をしよう。それに勝ったらリーベルの要求通りフーリを引き渡すよ。
リア:…もしリーベルが負けたら?
テルエス:その時はそうだなぁ…エリクサーを優先的に売ってあげるけど、うちから購入する場合エリクサーの税率はこちらで自由に設定させて貰おう。
エリス:何だと?!
テルエス:勝っても負けてもリーベルはドライアド症候群の患者を救うことが出来る、良かったね!
リア:病気の国民を使って荒稼ぎしようなど…それが皇族のすることですか!
エリス:…内容は。
リア:エリス様!!
エリス:リア、お前が言っていたように今や一刻の猶予も残されていない。救える可能性が少しでもあるなら、それに縋る事も必要だ。
テルエス:本当に気に食わないよ…特に君のその目。絶対に救うと疑わず、折れずに真っ直ぐと射貫くようなその目が。
テルエス:勝負の内容はエリクサーの調合対決だ。上級エリクサーをより多く生成した方の勝ち…どう?分かりやすいだろ?
テルエス:それと、調合をする者はこちらから指定させて貰う。タングリスニからはヴェル博士、リーベルは勿論、君達2人だ。
リア:待って下さい!私達調合の技術なんて…!
テルエス:四の五のうるさいよ。
テルエス:君の主がすると決めたんだ、君もいい加減腹を決めろ。
テルエス:それに、博士との1対1じゃ分が悪いと思ってわざわざ1対2にしてるんだ。これ以上の文句は受け付けないよ。
エリス:質問だ。先程リアが調合の技術はないと言っていたように、我々はエリクサーの生成方法を知らない。生成方法は教えて貰えるのだろうな?
テルエス:それは勿論。僕だって鬼ではないからね、君達もよぉ~く知ってる人から教えて貰うといい。(指を鳴らせるなら指を鳴らす)
―テルエスが指を鳴らすと、ヴェルとフーリが現れる。
リア:フーリさん!!
フーリ:リア?!それにエリスまで…?
フーリ:これは一体全体どういうことだい?
テルエス:フーリ、この前言っただろ、ご褒美だよ。
テルエス:もっとも…エリス達が負けたら、お前はこのままタングリスニに残ることになるがな。
フーリ:何だって…?!
―テルエスがこれまでの経緯を簡単に説明すると、フーリはエリスに詰め寄った。
フーリ:エリス、無茶だ!エリクサーの生成は簡単じゃない!!それも未経験2人をコイツと戦わせるなんて…!!
ヴェル:コイツだなんてヒドイ言われようですねぇ…
ヴェル:改めまして、私はギャギャギャリアン=ヴェルナヴァンド。タングリスニで楽しい研究をさせていただいておりますぅ。以後お見知り置きをぉ。
フーリ:コイツはこんなんでも天才だ、生成方法を知れば必ず作りあげる…。そうなったらリーベルに勝ち目はないよ!!
エリス:フーリさん、既に決めたことです。
フーリ:エリス…!!
フーリ:あんたも変なところで頑固なんだから。
ヴェル:んふふふふぅ、素晴らしき絆とでも言うべきでしょうかぁ。
ヴェル:私もエリクサーと聞いて俄然やる気が出てきましたよぉ!!
テルエス:博士がやる気で良かったよ。
テルエス:さぁ…闘いの舞台へと移動しよう。存分に暴れてくれ給え。
―テルエスに促され、5人は謁見の間から出ていく。それをティアンは城の窓越しに眺めていた。
ティアン:やっぱりとんでもない事になってる。…にしても、相変わらずあの皇族はやることがえげつないな…ほんっと陰気でやな奴!!(「べー!」と言ってもオーケー)
ティアン:あたしも早く後を追わなきゃ!
―テルエスの案内で5人はタングリスニ城の調合室に足を踏み入れる。
エリス:この調合室…フーリさん、普段はここで調合を?
フーリ:そうさ。そこのサイコパスに頼まれてね。
テルエス:サイコパスとは酷いなぁ。僕は国益を優先しているだけだ。
フーリ:いーや、ぴったりだと思うね!初対面では足を切り落とそうとするし、タングリスニに着くなり義足の解析に協力するか、調合するか選んでいいよなんて笑顔で言い放つ奴には!
ヴェル:おぉ~、こわぁい!テルエスさんって本当に冷徹ですねぇ!
テルエス:材料はここにあるものを使うといい。
ヴェル:無視ですかぁ?せめて何か反応してくださいよぉ!
テルエス:(更に無視して)鑑定には公平を期すために、鑑定スキル持ちの臣下を使う。
ヴェル:むむむ…こうなったら大量にエリクサー生成してやりますからね。
テルエス:その意気だよ、博士。未経験者に負けることがないよう頑張ってね。
ヴェル:むっきぃー!!言われなくともそのつもりですよぉ!!
―テルエスの一声で髭を蓄えた部下Bと中肉中背の部下Cが連れてこられる。
部下B:よ、よろしくお願いします…。
部下C:よろしくお願いします。
ティアン:…おん?あれってもしかして…おっちゃんじゃね?
マズダー:(おい、何故だ…何故巻き込まれた…!)
マズダー:(俺は影で情報収集できればそれで良かったのに…、たまたま変装してすり替わった相手が鑑定スキル持ちとかどんな偶然だよ!!)
マズダー:(一応鑑定は可能だが…この勝負リーベルにはかなり不利だぞ…それでもやるってのか…?)
―フーリが材料を取り出しながら調合台に次々並べていく。
フーリ:エリクサーの材料はこれだよ。アロエの絞り汁、ルバーブの葉柄(ようへい)、リンドウの根、サフランのめしべと花柱(かちゅう)。それから…ウィステリアの花粉。
ヴェル:ほう…ウィステリアの花を用いるとは…なかなか面白い調合ですね。
フーリ:何だい、アンタも知ってんのかい。
ヴェル:当然です。私は元々マリシの人間ですよ?ウイステリアの花の原生地はマリシですからねぇ。
フーリ:この花は私の好きな花でもあるんだよ。花言葉は「歓迎」「優しさ」「忠実な」「恋に酔う」「決して離れない」。
フーリ:…私の作る薬はこの花を使うことが多くてね、ここで調合することになってすぐ、この花を探してかき集めてくるように言ったのさ。
フーリ:まさか雪と山に囲まれたタングリスニにこれだけたくさんの花が咲いているとは思わなかったけどねぇ。
ヴェル:そぉなんですかぁ?私だってこちらに配属されてすぐ必要なものを申請したのに、必要な物の半分も揃えてもらえなかったんですよぉ。しかも理由を聞いたら「無駄な物に割く経費はない」って笑顔で言うんですぅ!無駄ってどういうことですかねぇ…?私を引き抜いたのは他でもない自分なのにぃ。矛盾してませんかぁ?
フーリ:無駄話をする余裕があるのかい?きちんと聞いてないとエリクサーですらない何かが出来ても私は知らないよ。
ヴェル:はぁ、分かりました…黙って聞きますよぉ。
フーリ:…説明を続けるよ?ルバーブ、リンドウ、サフランを薬研(やげん)で磨り潰して粉末にしたら、アロエの絞り汁を加えて混ぜ、最後にろ過してウィステリアの花粉を振りかけながら魔力を通せば完成さ。
フーリ:ただ…どれだけ正しい手順で作っても、上級エリクサーが作れるとは限らない。殆どが中級か下級になると思うから、そのつもりでね。
テルエス:へぇ…不老不死の霊薬と言われているエリクサーだから何で出来てるのかと思ったけど…誰でも揃えられそうな材料で作られてるんだね、意外。
フーリ:そうさ、だからこそエリクサーの生成には調合師の腕が何よりも重要だって言われてる。長年の経験、感覚の領域…これまで分量を書き残せていないのはそういった不確定要素が多いからでもあるのさ。
ヴェル:良いですねぇ、良いですねぇ!是非とも今度成分分析をしてぇ…他の材料を使ったらどうなるのかとか研究してみたいですぅ~!
リア:それを…これから私達が作るのですね…!
エリス:あぁ…。
エリス:勿論私も最善を尽くすつもりだが…頼りにしてるぞ、リア。
リア:はいっ…!
―テルエスを挟んで鑑定役の部下Bと部下Cが立ち、ヴェルとリアはそれぞれ調合台の前に立った。
テルエス:じゃあそろそろ始めよう。制限時間は30分。では用意…
テルエス:―始め!!
リア:えっと…まずは材料を粉末に…
ヴェル:ふふふふふ!素晴らしいですぅ…!私の発明したこのガジェット…まさか粉末状にするのに使えるとは思いませんでしたぁ。手間が省けて何よりですねぇ。
マズダー:ヴェルがフードプロセッサーのような物を使って材料を粉微塵(こなみじん)にしている。
リア:そんな、早すぎます…!
エリス:―思い出したぞ。ギャギャギャリアン=ヴェルナヴァンド…かつてマリシで活躍していた天才博士…。テルエスめ…タングリスニに引き抜いていたのか…。
リア:…エリス様。今魔法を打つことは可能ですか?
エリス:リア?可能ではあるが…一体何をするつもりだ?
リア:威力を抑えて放つことが出来れば、製粉の短縮にはなるかと。私は材料を個別にビーカーに詰めてお渡しするので、エリス様はビーカーの口を手のひらで覆う形で、威力を抑えた魔法を打って下さい。
エリス:なるほど、心得た!
テルエス:…へぇ。あの娘、やっぱりよく頭が回るじゃないか。洞察力に長けていて判断も悪くない。良いなぁ、欲しいなぁ。リーベルはホント少数精鋭って感じだよね。
部下C:テルエス様、今は勝負の最中ですよ。スカウトはまた別の機会にお願いします。
テルエス:分かってるよ。
エリス:『九(く)の音から十五の音。四つ飛び、歩き、六で伸びる音―吹け。』
エリス:…よし、粉末状にすることは出来たな。
リア:こちらもアロエの絞り汁準備できました!
エリス:ヴェル殿も既に材料を混ぜ始めている…急がなくては。
リア:ではこれを―
テルエス:…おーっとぉ!
マズダー:突如テルエスの方から太い針のようなものが数本飛んでくる。
エリス:危ない!!
リア:ありがとうございます、エリス様。
リア:…これは、薬(やく)さじですか?
テルエス:そう簡単に作られちゃ勝負にならないからね。僕は博士に調合を任せるとは言ったが、攻撃しないとは言ってないよ。
フーリ:おいおい、調合っていうのは繊細なんだ!埃が舞ったら精度が狂うし、火花が散ろうものなら粉塵(ふんじん)爆発の原因になり兼ねない!!
フーリ:そもそもそんなの卑怯じゃないか!
テルエス:だったら、リーベルが防いでみればいい。
テルエス:ほ~ら、防がないと作れないよ~?
エリス:おのれ…!
エリス:リア、私がテルエスの攻撃を防ぐ!悪いが調合は一人でやってくれ!
テルエス:へーぇ、良いの?母数が少ないと負ける確率も高くなるけど。
エリス:お前がちょっかいを出さなければ済む話だ!くそっ…!
リア:(…私が一人で…?エリクサーを調合するの?それも…調合師が安定して生成できないと言われている上級を…)
マズダー:瞬間、リアの脳裏にイタロとリーベルの森で交わした言葉が浮かんでくる。
イタロ:(…生きている以上、何があっても希望を捨ててはいけない。…探求は力だ。)
リア:…探求は、力…。
リア:(この場を乗り越えるための探求…打開策を見つけなくては…)
リア:まずは私一人でもエリクサーを生成する…!
マズダー:リアは今まで以上に気を引き締め調合台に向かうと、粉末をそれぞれ適量計り、アロエのしぼり汁と混ぜ始めた。
エリス:―やぁっ!
テルエス:調合器具はもっと丁寧に扱いなよぉ。
エリス:先に薬さじを投げてきた奴の言う事か!
マズダー:エリスはというと、テルエスがひっきりなしに薬さじやら分銅(ふんどう)やらを投げてくるため、それらをいなしながら撹拌(かくはん)棒で不意を突こうとしている。
マズダー:しかし状況から見ても防戦一方で、そこまで余裕は見られない。
リア:…できた!
リア:これで何とか3本…。博士の方は…!もう6本目?!
ヴェル:ふふふ…、私は自他共に認める天才ですからねぇ。
フーリ:畜生…こうなったら私が―!
リア:いけません、フーリさん。あなたは調合法を教えることを許されてはいても、調合に手を貸していいとは言われていません。フーリさんが何かすれば、反則負けと捉えられてもおかしくないです。
フーリ:でも、このまま大人しく見てろっていうのかい…!
リア:何か…何か手があるはずなんです…!この状況を打開する何かが…!
ヴェル:…焦った所で結果は変わりませんよ。
リア:え?
ヴェル:先程フーリ君が言っていたでしょう、調合は繊細なものだと…。私に勝ちたいのなら、まず焦燥感を持っている時点でそれは不可能です。
フーリ:な…なにさ!自称天才だからと余裕ぶりやがって…!
ヴェル:んなぁ…!自称ではなく、自他共に認められてますぅ!この国に来てからどうも下に見られがちで困りますねぇ…あのうざうざ上司の影響でしょうか…。
テルエス:あ、悪口かい?予算1本減らしとくね。
ヴェル:きぃぃぃぃぃ!!むぅーかぁーつぅーくぅー!!そんなこと聞いてる暇があるならちゃんと目の前のことに集中してくださいよぉ!!
エリス:ヴェル殿の言う通りだ!バカにしているのか!!
フーリ:全く…とんだカオス空間だよ…。
マズダー:フーリがあきれ果てながらそう言う中で、リアは黙々と手を動かしながらも考えていた。
リア:…。
リア:(そうよ…焦った所で仕方ない。結局はエリクサーの品質が重要なんだから…。)
リア:(焦って低品質のものが出来るくらいなら、落ち着いて高品質のものを作るべき。であるならば、テルエスの攻撃を防ぐ方法について考えた方が良いかもしれない。)
リア:(…確実に必要なのは鉄壁(てっぺき)の防御、これさえあれば2人で調合することも可能だわ。)
リア:(でも攻撃魔法ならまだしも防御魔法はエリス様もそこまで強くない…せいぜい2発耐えるのがやっとだわ。だとすると私達に残された手は…)
エリス:―ぐぁっ!
リア:―!
マズダー:突如、リアのすぐ横にエリスが飛んでくる。テルエスに仕掛けようとして返り討ちに遭ったのだろう。
エリス:くそ…っ!アイツの動きが速すぎる、狭い室内では動きづらい…!
リア:(小声で)…エリス様、私が何とか攻撃を防ぐ手段を考えます。少しの間で構いませんので、あれの攻撃を全ていなして下さい。
エリス:何か策があるのか?
リア:はい。準備が出来たら声を掛けるので、エリス様はすぐに退いてテルエスから距離を取って下さい。
テルエス:作戦は決まった…かいっ!
エリス:よくもぬけぬけと…はぁっ!!
マズダー:エリスはそう言うと、テルエスの攻撃を全ていなし、ヴェルの調合台近くに走る。その間にリアは小声で詠唱を始めた。
リア:創れ、創れ、―すれ違い、密やかに…ひとえに惑わす力を与え給え―キャスリング。
マズダー:リアが呟くと同時に、周囲を真っ白な霧(きり)のようなものが覆い尽くす。そこまで広い部屋でもないのに、距離感や遠近感が分からなくなるような感覚を覚えた。
テルエス:…!
リア:エリス様!!
エリス:よし!
マズダー:エリスはリアの合図を聞くと、サッと後ろに引き、霧の中に隠れてしまった。
ヴェル:おやぁ?前が見えませんよぉ!これでは調合が出来ませんんん!
テルエス:下手に動くな。恐らく目眩ましの魔法だ。
テルエス:誰か、窓や扉を全開にしろ。
部下C:はっ…はい!!
マズダー:しばらくバタバタと室内を走る音がしたものの、部下が窓を開けたのか次第に霧は薄くなり、テルエスには短剣を持ったエリスが対峙しているように見えた。
テルエス:短剣を持ち出すとは…これじゃあ武力衝突は避けられないね。
部下C:は…?何を言う。お前が先に吹っ掛けたんだろうが。
テルエス:へぇ…言うじゃん。
マズダー:テルエスはそう言うと懐からナイフを取り出し、部下Cに切りかかる。
マズダー:アイツら…味方同士で何してるんだ…?
部下C:ちょっ…力任せにも程がある…!
テルエス:よく言うよ、自分だって受け流しているじゃないか。
部下C:華奢なくせに…大した威力だよ。出鱈目すぎる。
マズダー:テルエスがナイフを振るうと、部下Cは短剣でそれを受け、辺りに火花が散った。
ヴェル:うわぁ!ビックリしたぁ…調合の横で戦闘とか勘弁して下さいぃ…危ないし何より気が散りますよぉ。もっと離れた場所でやってくれませんかねぇ。
ヴェル:…まぁ、とりあえずこれで10本目完成ですぅ。あとは品質が上級であることを祈るばかりですねぇ。
マズダー:ヴェルが10本目を提出用の箱に入れたのを横目に、リアは8本目を自国の提出用の箱に格納していた。
リア:…上手くいったようですね、エリス様。
エリス:あぁ、助かったよ。
エリス:お前の催眠魔法は流石だな。アイツは自分の部下を私と信じて疑わない。
リア:ふふ…恐縮です。その代わり攻撃魔法はからっきしですが…。
リア:でも、お役に立てたのなら嬉しく思います。
エリス:さぁ、我々も調合を続けよう。残り時間5分ほどだが…可能な限りエリクサーを作るぞ!
マズダー:制限時間を迎えると、リアが催眠魔法を解いた。
テルエス:…あれ?
部下C:はっ?!テルエス様?!
部下C:おかしい…私はエリス殿の暴走を止めようとして…
テルエス:…やられた、催眠魔法か。
部下C:すっ…すみませんでした!!テルエス様にいきなり切りかかるなど…!
テルエス:いいよ、気にしない。その代わり、催眠魔法に対抗できる手段考えといて。
部下C:…!はっ!
テルエス:…で、君は無傷なんだ?
部下B:いや、あの…申し訳ございません…。
部下B:何分私は戦闘技能を持っておりませんので…物陰に隠れて機を伺っておりました…。
テルエス:下手に動くなと言った僕の言葉を忠実に守ったってことだろ?別に責めるつもりはないよ。
部下B:あ、ありがとうございます。
テルエス:残念だよ…これでリーベルに武力行使しても良い言い訳が立つと思ったのにさ。
エリス:生憎だが、私はそそっかしいところはあれど、喧嘩っ早くはないのでね。
エリス:そう易々と我が国に攻め入る口実を与えるつもりはない。
テルエス:博士、感触はどうだい?
ヴェル:まずまずといったところですかねぇ。結構自信ありますよぉ!
リア:では…まず本数から。
リア:リーベルサイドで生成したエリクサーは全部で11本です。
ヴェル:おやおやぁ、なかなかやりますねぇ。私が生成したエリクサーは計15本ですよぉ。
テルエス:本数ではタングリスニの方が上だったね。
エリス:…では鑑定をお願いします。
部下B:分かりました…。
部下C:お預かりします。
テルエス:泣いても笑ってもこれで決着がつく…さぁ、鑑定してみようじゃないか!
部下C:では…鑑定。
マズダー:俺と部下Cが同時に箱の中のエリクサーに手をかざす。すると、エリクサーの入った瓶が淡く光り始め、箱の中は赤、紫、青の3色で満たされた。
部下B:赤が下級、紫が中級、青が上級です。
フーリ:結果…タングリスニは赤が6本、紫が6本、青が3本だから、上級エリクサーは3本生成されてるね。
ヴェル:むぅぅ…自信はあったんですがねぇ。なかなか難しいです。
フーリ:次に、リーベルだけど…赤が4本、紫が3本、青が4本…!
テルエス:なんだと…っ?!
リア:…ということは…!
エリス:私達の勝ちだな。
フーリ:2人ともやったねぇ!!お陰で私もリーベルに帰れるよぉ!!
テルエス:そんな馬鹿な…!エリクサーを初めて調合した奴等が上級を4本も生成しただと…!!
ヴェル:非常に興味深いですねぇ…エルフは魔法の扱いに優れていますから、魔力を通す調合に関しては成功しやすいのでしょうか…?
ヴェル:あるいは…単なる偶然か。
ヴェル:何にせよ、今後の研究の考察に使えるかもしれませんねぇ。
エリス:―というわけだ。
エリス:フーリさんはリーベルが引き取らせて貰う。異論ないな。
テルエス:…約束は約束だ。自分の理想のために足掻くといい、せいぜい足元を掬われないようにな。
エリス:肝に銘じておこう。
―そのようなやり取りが行われている最中、調合室の屋根裏ではティアンと何故か部下Cが身を潜めていた。
イタロ:…ふーっ!バレやしないかとヒヤヒヤしたぜ。まさか調合勝負になるとは思わなんだ…。
ティアン:でも、そのお陰で助太刀出来たでしょ。
ティアン:“仲介役として俺がタングリスニに潜入する手助けをしてほしい”なんて言われた時はびっくりしたけどさ。…あんなんでよかったの?
―イタロ、懐から3本エリクサーの瓶を取り出す。
イタロ:あぁ、リアが催眠魔法を掛けた隙に下級3本と上級3本をすり替えられた。私は上級エリクサーの量産は出来ないと言ったが、生成をすることは出来るんでね。
ティアン:…まぁ、その代わりテルエスに叩き斬られそうになってた訳なんだけど。今となっちゃオールオッケーでしょ!
イタロ:お前が言うな。それに…初心者とはいえ上級エリクサーを1本作るなんてのは極めて稀。どっちが生成したか知らないが…国を守るにしちゃあ上出来だ。
ティアン:イタロはそう口にすると、階下で喜び合う3人を眺め、呟いた。
イタロ:これで心置きなくマリシに帰れる。
ティアン:あたしはイタロを見送ると、目的の人物と接触するために城の端の方で身を潜めた。
テルエス:あーあ、あの薬師持ってかれちゃったかぁ。
部下B:はい、まさか初心者が博士に勝つとは思いませんでした…。
テルエス:…君は博士が勝つと思っていたのかい?
部下B:は…?えぇ、まぁ。
テルエス:そう。
部下B:テルエス様は…端(はな)から博士が負けると思っていたのですか?
テルエス:んー?そうだねぇ、負ける…というか負けるように動く、かな?
テルエス:博士頭は良いんだけど、僕の言うこと全然聞いてくれないからさ。この前頼んだ魔法に関するレポートだって翌日に出てこなかったし、研究費は容赦なく吹っ掛けてくるし。
部下B:…。(それは博士を無下にし過ぎでは…?)
テルエス:まぁ、良いさ。使えるものは使う、僕は無駄なことが嫌いだからね。
テルエス:―君も。
部下B:!
テルエス:軍事国家のタングリスニで戦闘技術を持っていないのは致命的だよ?空いた時間に訓練でもするといい。
部下B:は、はい…。
テルエス:じゃあ、頑張ってね。僕は書類仕事があるから先に戻ってるよ。
マズダー:…ふーっ、疲れた…どっと疲れたわ…マジで生きた心地がしなかったぜ。
ティアン:―おっちゃん。
マズダー:だぁーっ!!…ってなんだよ、ティアンか…。
ティアン:こんなところで何やってんの?タングリスニの兵になんか変装しちゃってさ。
マズダー:う、うるせえ!ってか見てたのか…。
ティアン:まぁね。仕事はきちんとしないと。
ティアン:タングリスニ城に潜入してたなら、今回の話についても大体知ってるんでしょ?
マズダー:まぁ、それなりに?
マズダー:リーベルで奇病が流行しているらしいな。
ティアン:ドライアド症候群ね。実際にリーベルに行ってみたけど、恐らくあれはリーベル独自の病だよ。類似の症例がなく、他国では発症者すらいないなんて…。おまけに特効薬は上級エリクサーときたら、他国の協力なしに終息させることは不可能だ。
マズダー:そんなことになってたのか…。
ティアン:…おっちゃん、ちゃんと仕事してる?
マズダー:してるに決まってんだろ!でなきゃこんなことするかぁ!
ティアン:努力の方向が間違ってる気がする…まぁ、良いけど。
ティアン:じゃあ、今回の件はおっちゃんが報告まとめてね。あたしは他の国見てくるから。
マズダー:おっ、おい!そこまで詳しく調べてるならお前がまとめてくれたっていいだろ!
ティアン:やだよ、今回あたしはあくまで仲介役だもん。そんな変装してる暇あったらできるでしょ。…じゃねー!
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