『生まれる火種』
作:清水流兎
(2:2:3) ⏱40分
◇登場キャラクター
<タングリスニ>
テルエス 不問
:細身のエルフ。長耳の耳介は両耳とも半ばから切り落とされている。右手は義手。魔法を教わったことがなく、エルフなのに器用に使えない。戦闘は得意ではないが、ナイフと爆弾を好んで使う。
イタロ 男
:中肉中背の人間。銀髪にヘーゼルナッツ色の瞳。自称錬金術師。現実主義で好奇心旺盛。芯があり、熱い一面も。元々弓使いだが、肉弾戦をした方がマシ。魔法も少しかじっている。
サリュー 女
:獣人。鹿角、エルフ耳、茶髪を軽く束ねている。リーベル出身だが、リーベルと同じく魔法が使えるタングリスニに興味を持ち移住。人間が多い軍事国家の気質に合い、獣人ながら上手く馴染んでいる。
<リーベル>
コハク 不問
:獣人。鳥の子色の癖毛で、狐耳と朱の差し色がある尾を持つ子ども。普段はのんびりしているが、純粋でさみしがり屋。小鳥の親友がおり、チッチと呼んでいる。
フーリ 不問
:獣人。狐耳に白毛、茶の瞳を持つ。髪はポニーテールに結わえており、両膝より下は義足。リーベルの集落や、遠くバルナまでもを渡り歩く放浪の薬屋。戦いは好まず、自分の調合する薬に絶対の自信を持っている。
エリス 女
:エルフ。グリーンの瞳を持ち、白銀の髪をポニーテールに纏めている。動きやすさ重視の防具を着けている。幼い頃人拐いに遭い、タングリスニで労役に服していたが、兄の助けでリーペルに逃げ延びる。その際兄とは生き別れて、託されたクリスタルのダガーを大切にしている。
<無所属>
マズダー 男
:アンドロイド。見た目は無精髭に着流しの人間のおっさん。どこの国にも属さない戦いの見届け役。
N
:マズダー役が兼ねる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
リーベル、東の森。
N:
「リーベルの鬱蒼とした森の中、生い茂る草木を掻き分けながら、三人のタングリスニ人が歩いている。彼らの周囲に人気はなく、敵地でありながら緊張は和らいでいるようだ」
テルエス:
「サリュー、あとどれくらい?」
サリュー:
「もう半刻も掛からないかと」
テルエス:
「そうか、ありがとう。君に頼んでよかったよ。少し休憩にしない? 警戒しっぱなしで疲れただろう?」
サリュー:
「いいえ、私は大丈夫です。これくらい」
テルエス:
「僕が疲れたんだよ。察してくれ」
サリュー:
「それは、すみません。でも、ここでは……」
テルエス:
「木の上で眠るよ。何かあったら起こしてくれ」
N:
「細身の男が意外な身軽さで近くの木に登っていく。残りの二人はその根本に腰を下ろす」
イタロ:
「なあ、サリュー」
サリュー:
「なに?」
イタロ:
「なんだって俺たちはこんなところにいるのだ?」
サリュー:
「あなた、説明聞いてなかったの?」
イタロ:
「いや、聞いていたとも。だが、なんとも、こんなにコソコソすることか?」
サリュー:
「さて? 国が何を考えているかなんて、私は知らないわ。でも、必要だからするんでしょう?」
イタロ:
「いやあ、だがなあ」
サリュー:
「あなただって、興味津々だったじゃない。今回の――」
イタロ:
「おう、それな! 義足の薬屋!」
サリュー:
「ええ、そうね……」
イタロ:
「知ってるか? 足というのは実は意外と繊細なのだ。テルエスの――」
サリュー:
「テルエス様ね」
イタロ:
「テルエスの義手も悪くはない。手の器用で絶妙な力加減を実現するのも難しいものなんだぞ?」
サリュー:
「ええ、そうね」
イタロ:
「足もだ。あんたも獣人ならわかるだろう?」
サリュー:
「ええ、そうね」
イタロ:
「歩く、走る、跳ぶ。本来この動作だけでも実現するのは複雑なものなのだ。その衝撃吸収と体重移動を的確に制御しているのが足なわけだが、普段そんな難しいこと考えて歩いたり走ったりしていないだろう?」
サリュー:
「ええ、そうね」
イタロ:
「つまり、それを考えなくてもできるようにする仕組みが足にはあるってことなのさ」
サリュー:
「へー、足ってすごいのねー」
イタロ:
「そうなんだよ! その繊細さを実現し、なおかつ各国を渡り歩けるほどの耐久性! 誰だって興味を持つだろうが!」
サリュー:
「あなたって錬金術師なんじゃなかったかしら」
イタロ:
「鹿って頭悪いのか?」
サリュー:
「……っ! ……っ!」
イタロ:
「痛い! 痛いぞ! なぜ殴る!」
テルエス:
「君たちー、親睦を深めるのは結構だが、もう少し静かにやってくれないかー」
リーベル、とある集落。
N:
「小休止を終えたタングリスニ人の三人は、間もなく一つの集落の外縁に辿り着き、住民のやり取りを影から観察している」
フーリ:
「はいこれ。依頼されてた分ねー」
エリス:
「ありがとうございます。助かります。フーリさんのお薬は効き目が良いですから」
フーリ:
「あはは、褒めても何も出ないよー。お金はもらうけどね」
エリス:
「もちろん、ちゃんと払います」
フーリ:
「やったね! 毎度ありぃ!」
エリス:
「いいえ、こちらこそ。それでも破格ですから。今日は泊まりますか? 急ぎでなければ、せめておもてなしさせてくださいな」
フーリ:
「うーん、急ぎではないんだけどさー」
コハク:
「泊まって行きなよ。急ぎじゃないならさ」
フーリ:
「あぃや、コハク! おひさ!」
コハク:
「おひさ、じゃないよ。どこ行ってたの……」
フーリ:
「おんやぁ? もしかして、私に会えなくて寂しかったのかい?」
コハク:
「別に……」
フーリ:
「んー? そんなに掛かったかい?」
エリス:
「えっと、いつも通り、かな?」
フーリ:
「だよなー。……へー、ふーん、ほー?」
コハク:
「な、なに?」
フーリ:
「なーんにも! じゃ、私はもう行こうかね!」
コハク:
「え……」
フーリ:
「嘘だよー、嘘嘘! なんて顔してるのさ。ねえエリスー、ごはんはー?」
エリス:
「え、ああ、はい、すぐ作るので、どうぞ家まで」
コハク:
「いいの?」
フーリ:
「んー?」
コハク:
「いや、だから……」
フーリ:
「あ、そーだ。ねえ、エリス」
エリス:
「はい?」
フーリ:
「ごはんってまだ掛かる?」
エリス:
「そうですね。少し……。すぐ作りますね」
フーリ:
「じゃあさ、ちょっと薬草採りに行っていいかい? この辺りでしか採れないのがあるんだ」
エリス:
「わかりました。では、私は家にいますので、暗くなる前に帰ってきてくださいね」
フーリ:
「おっけー。コハクも行くかい?」
コハク:
「……ねえ、フーリはさ、一人で来たの?」
フーリ:
「もちろん! 自由気ままな一人旅! のらりくらりと尻尾の向くままフーリフリのフーリちゃんなのさ!」
コハク:
「だったら、あそこにいる人は、誰?」
エリス:
「コハク?」
コハク:
「エリス姉ちゃん、誰か見てるよ」
エリス:
「どこかわかる!?」
コハク:
「あっち」
N:
「コハクが指差し、エリスが弓を構える」
エリス:
「コハク、後ろへ。そこの人! 出てきてください! 出てこなければ魔法を撃ちます!」
N:
「エリスの誰何(すいか)に、風鳴りが耳に付くほどの静寂が響き渡る」
フーリ:
「ありゃりゃ、もしかして私、やらかしちゃったかい?」
エリス:
「フーリさんは悪くありません。十数えます! 十、九、八……」
テルエス:
「待ってくれ! 怪しい者じゃない!」
エリス:
「そこで止まってください。リーベルの民ではありませんね。後ろを向いて、そのまま真っ直ぐ帰ってください」
テルエス:
「お願いだ! 助けてほしい!」
エリス:
「助け? どういうことですか?」
テルエス:
「僕はエミール。タングリスニから一人で、ここまで逃げてきたんだ。これを見てほしい」
N:
「テルエスは右の手袋と帽子を外し、両耳が見えるように髪を掻き上げる」
エリス:
「その、耳……」
フーリ:
「うわぁ……これは酷いねぇ」
テルエス:
「僕は元々リーベルの民だ。でも、幼いころに攫われて……、奴隷にされた。この耳も、右手も切り落とされて……」
エリス:
「何故隠れるような真似を?」
テルエス:
「怖かったんだ。こんな耳じゃ、きっともうリーベルでも受け入れてもらえない。でも、ここしか知らないから、だから……」
フーリ:
「その義手はどこで付けたのさ」
テルエス:
「タングリスニにたまたまマリシの職人が来ていて、主(あるじ)が付けてくれた。手があれば仕事が増やせるから。君はその職人を知っているのか?」
フーリ:
「フーリだよ。……まあ、心当たりなら、少し」
エリス:
「……事情はわかりました。私から村で暮らせるよう取り計らってみます。もうすぐ日も暮れますから、今日は泊まってください。フーリさん、ごめんなさい。少し手狭になりますが」
フーリ:
「えー、やだよやだよー。私はふかふかのベッドで寝たい」
エリス:
「フーリさんの場所なら、ちゃんと確保してありますよ」
テルエス:
「僕は床で構わない。屋根があるだけでも大助かりだ」
フーリ:
「……ごはんも、十杯はおかわりするからね」
エリス:
「ええ、いっぱい食べてください」
フーリ:
「ならよし! エミール、エリスのごはんは絶品なんだ! 食べながら色々聞かせてよ!」
テルエス:
「優しい方々、感謝します」
コハク:
「待って!」
フーリ:
「……おお、なんだよ急に大声出して。あー、さてはコハクぅ、私が余所者と話してるのが気に食わないんだね? なんだよかわいいなあ! 大丈夫だよ。ちゃんとコハクにも構ってあげるから――」
コハク:
「その人、嘘をついてるかも」
エリス:
「コハク? どういうこと?」
N:
「エリスがコハクを窺うと、その肩に小鳥がとまっている」
コハク:
「チッチが教えてくれたの。暗がりでよく見えなかったけど、あと三人こっちを見てる人がいるって」
フーリ:
「もしかして、追手かな」
エリス:
「エミールさん、どういうことですか?」
テルエス:
「わ、わからない! 僕は嘘なんてっ! ひぃっ!」
N:
「喚くテルエスの足元に矢が刺さる」
エリス:
「敵襲! 私が行きます! 三人とも私の家に! コハク、二人を案内して!」
コハク:
「わかった。フーリ、エミールさん、こっち」
テルエス:
「は、はい」
フーリ:
「ちぇー、なんなんだよもう……」
リーベル、森の中。
エリス:
「動かないでください。あなたが矢をつがえるより、私が矢を放つ方が速いですよ」
サリュー:
「うーん、覚えてると思ったけど、さすがに現地人には敵わないわね」
エリス:
「武器を捨てて」
サリュー:
「ねえ、リーベルはいつからそんなに排他的になったのかしら」
エリス:
「動かないで!」
サリュー:
「そっちを向くだけじゃない。顔を合わせないとお話もできないでしょう? ほら、武器も捨てたわ」
エリス:
「……」
サリュー:
「こんにちは、私はサリュー。リーベルの民よ。元だけどね」
エリス:
「獣人? 獣人がなぜ」
サリュー:
「なぜタングリスニにって? 意外と楽しいわよ? あなたも来ない?」
エリス:
「私はもう、タングリスニには……」
サリュー:
「あら、来たことがあるの? なら話は早いわ。良い国でしょ?」
エリス:
「良い、国……?」
サリュー:
「そう、良い国。あなた戦えるんでしょう? きっと楽しいわよ。大人しくしてくれたら嬉しいわ。私も酷いことはしたくないし」
エリス:
「この状況で、私をどうにかできると思っているんですか? 立ち去ってください。背中から撃ったりしませんから」
サリュー:
「そうねぇ、私もそうしたいんだけど……」
エリス:
「まだ、何か?」
サリュー:
「ねえ、私が一人だと思ってる?」
エリス:
「あっ!」
サリュー:
「今よ! 撃て!」
エリス:
「っ!? きゃ!」
サリュー:
「なーんて、誰もいないわよ。ダメじゃない、私から目を離しちゃ。こんな距離、あってないようなものなんだから。……あら、良い弓ね。材質は古臭いけど、ちゃんと手入れされてる。好きよ、こういう古き良きって感じのやつ。使い手の愛を感じる」
エリス:
「……くっ!」
サリュー:
「あら、そのダガーも素敵ね。ちょっと見せてよ」
エリス:
「渡さない。私は、もう何も奪わせない」
サリュー:
「あらあら、もうやる気? せっかちね。じゃあ少し、付き合ってもらおうかしら!」
リーベル、とある集落。
N:
「リーベルの集落。コハク、フーリ、テルエスがエリスの家に入ってしばらく、三人の談笑する声が聞こえていた。イタロが窓から何かを投げ入れると、慌てたような声と暴れる音がしてすぐ、辺りは元の静けさを取り戻す。外に控えていたイタロは音が消えたことを確認し、堂々と扉を開けて入って行く」
テルエス:
「おい、お前……」
イタロ:
「お、起きたか。気分はどうだ?」
テルエス:
「最悪だよ全く。他にやり様はなかったのかい?」
イタロ:
「俺にやり方を任せたのはそっちだろう? いいじゃないか、しっかり解毒薬も効いたみたいだしな。いやぁ、良い実験になった。暖炉があると空気の流れが生まれて気体がよく周るが、どこに設置するかの計算が重要だな。量撒けばあんまり変わらないが」
テルエス:
「撒きすぎだ。くそっ、まだ頭がクラクラする」
イタロ:
「もう一本いくか?」
テルエス:
「結構だ。……いや待て、イタロ、お前どうやって僕に薬を飲ませた?」
イタロ:
「どうって……なんだ? 馬鹿にしているのか? 錬金術師はな、医学にも通じているものだ。気絶した奴に安全に液体を飲ませるにはまず――」
テルエス:
「いや、いい。僕が悪かった。聞きたくない」
イタロ:
「いやいや、重要なことなんだぞ? 人には空気を通す気道と食い物を通す食道というのがあってだな? 口は両方に繋がってるのさ。だから――」
テルエス:
「いいって言ってるだろ!」
イタロ:
「なんだ、けったいな奴だな……」
フーリ:
「エミール?」
テルエス:
「え? あれ、なんで起きてるの? おい、イタロ」
イタロ:
「あー、たまにいるんだよな。なんて言うのか、体内の異物に対しての耐性っていうのか、分解とか分離が早かったりする奴? まあ、それなりに吸ったはずだ。動けはしないだろう」
テルエス:
「そう、それならいいけど」
フーリ:
「エミール、そいつ、誰だい? あんた、追われてるって……。私たちを騙したのかい?」
テルエス:
「騙してはいないさ。本当のことを言ってないだけだよ」
イタロ:
「それを騙したっていうんじゃないのか?」
テルエス:
「うるさいよ。――ごめんね、フーリさん。悪気があったわけじゃないんだ。僕だって本当は仲良くお話をしたかったんだよ。でも、君たちが武器を向けるからさ」
フーリ:
「く、来るんじゃないよ!」
テルエス:
「……ねえ、イタロ。この子、そっちの子供と比べて、なんか元気じゃない?」
イタロ:
「ああ、まあ立てはしないだろう」
テルエス:
「本当だろうね?」
イタロ:
「解毒薬を飲んだお前ですら、まだ頭が揺れてるだろう? しかも、いくら高品質とは言え、義足ではな」
テルエス:
「信用できないな。これ以上の面倒はごめんだよ……。ああ、そうだ。足、切り落とそう」
フーリ:
「え?」
イタロ:
「は?」
テルエス:
「イタロ、表に薪割り用の斧があるよね。持って来てくれ」
イタロ:
「いや、ダメだろう。死んだらどうする」
テルエス:
「ん? ……ああ、それもそうか。義足を壊そう。やだな、僕がそんな残酷なことするわけないだろ?」
イタロ:
「八つ当たりか? 腹減ったか?」
テルエス:
「……」
イタロ:
「おーい、こっち見ろー」
テルエス:
「さて、僕は斧を取って来るよ」
イタロ:
「待て。俺は賛成してないぞ。なにも壊すことはないだろう。外せばいいんだ外せば」
テルエス:
「じゃあ僕が戻ってくるまでに包んどいてよ」
イタロ:
「おいこら! 待てって!」
テルエス:
「頼んだよー。少しゆっくり目に一服してるからさ」
イタロ:
「……ガキじゃないんだからよ、まったく。あー、フーリといったか? エルフというのは皆あんななのか?」
フーリ:
「あんたたち、やっぱりタングリスニの人? 私をどうするつもりだい?」
イタロ:
「まあ、悪いようにはならんさ、たぶんな」
フーリ:
「嘘だ。だってあいつ、切り落とすって言った。わ、私の、足」
イタロ:
「やらせないとも。俺も無為に血が見たいわけじゃないからな。だから、すまんが一応義足は外させてくれ」
フーリ:
「い、嫌だ! 来るなあ!」
イタロ:
「ちょ、痛い! 物を投げるな物を。掃除が大変になるだろうが」
フーリ:
「うるさいうるさい! あっち行け!」
イタロ:
「がー! 本当にガラじゃない。なんだって俺がこんな……あ痛っ! あ? なんか取れたぞ。なんだこれ、でかいどんぐり? おい、まさかこれ……」
フーリ:
「知るか! お前らが持ってきたんだろ!」
イタロ:
「テルエスぅぅううう!! お前、爆弾の数くらい管理しとけぇぇえええ!!」
N:
「イタロの叫び声とともに、家の壁に大穴が開いた」
リーベル、森の中。
エリス:
「やぁっ!」
サリュー:
「おっとと……」
エリス:
「はぁ、はぁ……」
サリュー:
「へぇ、大人しい顔して、意外とやるのね」
エリス:
「なんのつもりですか」
サリュー:
「なにって?」
エリス:
「まるで教えるみたいに……。ふざけているんですか」
サリュー:
「殺すつもりまではない。必要ないもの。同郷のよしみだし、甘くもなるってものだわ。私、別にリーベルが嫌いなわけじゃないもの」
エリス:
「それなら、なぜ」
サリュー:
「あなた、名前は?」
エリス:
「……エリス、です」
サリュー:
「エリス、魔法を使いなさい。待っててあげる」
エリス:
「舐められたものですね。死にたいんですか?」
サリュー:
「そのダガー、品(しな)は良いけど、あくまで護身用よね。戦いで使うものじゃない。それでもここまで付いてきたのは褒めてあげるわ。でも、それまで。私の得物は短剣だけど、さすがにダガーよりはリーチがある。実力も体力も、得物も違う。そんなのはフェアじゃないわ」
エリス:
「フェア? 笑わせないでください。突然攻撃しておいて、こんな人を弄ぶようなこと。いったい何がしたいんですか。これがタングリスニなんですか!」
サリュー:
「んー、否定はしないかな」
エリス:
「いけしゃあしゃあと。目的を教えてください」
サリュー:
「目的か。そう、タングリスニはね、魔法は使えるけど人間ばっかりなのよ。私でも上手って言われるくらい。そういう人たちだからこそ、色々な工夫が生まれて面白いの。でも、たまには、ただ才能に任せた不条理なくせに繊細な職人技みたいなのも見たくなるのよね。テルエス様もエルフだけど、あの人ただ力任せにぶん殴るようなものしか知らないから」
エリス:
「…………」
サリュー:
「殺す気でおいで。でないと、手遅れになるわよ」
エリス:
「……後悔しても知りませんから」
サリュー:
「いいわ、迷ってる場合じゃないでしょう?」
エリス:
「……兄さん、力を貸して。…………響け、響け、六の音から十八の音。二つ飛び、弾み、十(とお)で伸びる音――」
サリュー:
「へぇ、口語詠唱なんだ。面白いわね」
エリス:
「繰り返し、飛び越し、折り返す。穏やかに、艶(あで)やかに、生まれ出ずる其(そ)はそこにあり。いずれ至る彼方を目指して吹きすさべ――」
サリュー:
「あ、やっぱりこれ、ちょっと……」
エリス:
「あなたの名を私が定義する。あなたの前に壁はない。殺せ! 『乱流! 死出の旅路!』」
サリュー:
「まずいかも」
リーベル、森の中。
N:
「テルエスは大穴が空いたエリスの家から伸びたイタロとフーリを引っ張り出すと、騒ぎになる前に森の中まで引きずって行き、二人を適当に横たえた。フーリに猿轡(さるぐつわ)を噛ませて、イタロの頭を爪先で小突いている」
テルエス:
「おーい、起きろー」
イタロ:
「んが! ……あ? ここはどこだ?」
テルエス:
「森の中だよ。イタロ、意外とやるね。人を大人しくさせるのに普通爆弾を使うかい? さすがの僕でもドン引きだよ」
イタロ:
「…………テルエス、お前、今爆弾を何個持っている」
テルエス:
「ん? 3個かな。今回は隠密行動だから、あんまり沢山は持って来られなかったんだよね」
イタロ:
「……数えてみろ」
テルエス:
「ん? いいけど。…………、あれ?」
イタロ:
「何個だ」
テルエス:
「1個しかない」
イタロ:
「お前……本当! 馬鹿! っ馬鹿……野郎! 失くなったやつ、どんな見た目だ!」
テルエス:
「なんかでっかいどんぐりだよ。どんぐり爆弾。ラポムって子にもらったんだ。これが意外と便利でさ。ちょっと使ってみたかったんだよね。それにあれなら、もし落っことしたって、そこら辺に転がってても誰も不審に思わないだろ?」
イタロ:
「そんなわけ無いだろうが! この馬鹿ちんが!」
テルエス:
「イタロ、その言葉、サリューの前では使ったら駄目だよ。彼女、その言葉はすごく嫌いだからさ」
イタロ:
「お前、そういう……そういう配慮はできるのに……」
テルエス:
「お、しっかり気絶してるね。獣人には耳にダメージを与えた方が効果的なのかな。今のうちにさっさとやっちゃおう。……よっ、と」
N:
「テルエスが斧を担ぐ」
イタロ:
「ああ。……って、待て。何をする」
テルエス:
「義足を壊すんだよ。今から外す方法を探るよりこいつでぶっ壊した方が早い。イタロ、ちょっと抑えといて」
イタロ:
「時間なんてそう変わらないだろう。俺がすぐ外すから少し待てと」
テルエス:
「嫌だ。そもそも薬も効かない獣人を元気なまま運ぶなんて嫌すぎる」
イタロ:
「運ぶのはどうせ俺だろう」
テルエス:
「僕って優しいだろ?」
イタロ:
「どこがだ?」
テルエス:
「まあ、いいよ。イタロは座ってな。どうせ壊すだけなら器用さも要らないだろうしね。それに、そんなフラフラで近付かれると、義足より先にお前の首を落としそうだ」
N:
「テルエスは仰向けに横たわるフーリの隣に立つと、斧を振り上げる。イタロは止めようとするが、爆弾のダメージがまだ抜けておらず、駆け寄ることができない」
イタロ:
「待て! やめろ!」
テルエス:
「…………誰だ、お前」
N:
「フーリの足に振り下ろされる斧を俺は寸でのところで受け止めた」
リーベル、森の中。
エリス:
「響け、響け――」
サリュー:
「うーん、隠れられたのはいいけど、これは確かにやばいわね。…………ふっ」
エリス:
「……無駄ですよ。あなたの矢では貫けません」
サリュー:
「ちっ」
エリス:
「九(く)の音から十五の音。四つ飛び、歩き、六で伸びる音――」
サリュー:
「エルフっていうのは森を大切にするものなんじゃないのかしら!」
エリス:
「そこですか」
サリュー:
「っ! そこら中ズタズタじゃない!」
エリス:
「危険な虫を追い払うために、多少の枝葉を切り払うことを躊躇(ためら)うのは愚者のすることです」
サリュー:
「これが多少って!?」
エリス:
「吹け」
サリュー:
「痛ぅっ」
エリス:
「出て行ってください。本当に殺してしまいます」
サリュー:
「そうもいかないのよね。もうちょっと私と踊ってちょうだい」
エリス:
「そうですか……。――繰り返し、飛び越し、反芻する。軽やかに、楽しげに、育(はぐく)まれる其はそこにあり。故郷(ふるさと)を想い舞い上がれ――」
サリュー:
「まったく、いつまで遊んでるのよあいつら……」
エリス:
「あなたの名を私が定義する。あなたの友はここにある。回れ。『層流 楽園の羽搏(はばた)き』」
リーベル、森の中。
N:
「斧を手放し、距離を取ったテルエスが俺にナイフを向けている」
マズダー:
「さすがに気の毒かと思ってな」
テルエス:
「人間か。リーベル人じゃないね。他国の人間が刑の執行を邪魔するのかい?」
マズダー:
「ほう、刑罰か。ならば聞こう。この獣人は何の罪を犯したんだ?」
テルエス:
「密輸だよ。我が国から薬草を勝手に持ち出そうとしたんだ。だから罰として、足を奪う」
マズダー:
「なるほど、この国からモノを持ち出すのが違法で、その罰として足を奪うと言うんだな? ならば、お前もその足を落とさなければならないんじゃないか?」
テルエス:
「……へぇ、何が言いたいの?」
マズダー:
「しらばっくれなくていい。お前たちがこの国に入ってからずっと見ていた。タングリスニのテルエス」
テルエス:
「そっか、じゃあ死ね」
マズダー:
「……おいおい、この大陸では挨拶代わりに斬り掛かるのか?」
イタロ:
「おらぁああ!」
マズダー:
「ぬがっ」
イタロ:
「いやぁ、気持ちいいものだな! やはりこちらの方が性に合ってる!」
テルエス:
「おー、飛んだ飛んだ。ただの拳が馬鹿みたいな威力だね。今ので死んだんじゃない?」
イタロ:
「え」
テルエス:
「タングリスニ人じゃない、そして恐らくリーベル人でもない。君の魔法増し増しの拳なんて普通の人が受けられるものじゃないでしょ」
イタロ:
「これで終わりかぁ……」
テルエス:
「さーて、続き続きっと……あ」
イタロ:
「なんだ、どうした? ……お?」
テルエス:
「イタロがトロいせいで逃げられた……」
イタロ:
「俺のせいじゃないだろう」
マズダー:
「拳に魔法を込めたのか。面白い使い方をする」
テルエス:
「なんだ、生きてるじゃん」
イタロ:
「そう来なくっちゃあな!」
テルエス:
「あーあ、めんどくさい。追うよ、イタロ」
イタロ:
「えー、俺はこっちじゃだめか?」
テルエス:
「だめ。こっちが優先」
イタロ:
「仕方ない。ではさっさと蹴散らすとするか!」
マズダー:
「来るのか。ならば相手をしよう」
イタロ:
「一次式、起動!」
テルエス:
「ほーら、行くよ! ふっ……、せい!」
マズダー:
「弱いな」
テルエス:
「僕はね!」
イタロ:
「アン!」
マズダー:
「っ! なんて乱暴な……!」
イタロ:
「ツェー! トレア!」
マズダー:
「舐めるな!」
テルエス:
「っくぅ! 重ぉ! おっさんホントに人間!?」
マズダー:
「弱者が前に出たら怪我するぞ」
テルエス:
「じゃあ下がるよ!」
マズダー:
「ぬ?」
イタロ:
「よいっしょぉぉお!!」
マズダー:
「おお!?」
テルエス:
「そーら、最後の1個だ!」
N:
「イタロが拾った斧を振り下ろしたのと同時、爆弾が目の前に放り込まれ、視界が白に染まる。防御を解くと、既に二人はいない」
マズダー:
「逃げたか。……構うまい。観測を続けよう」
リーベル、森の中
コハク:
「はぁ、はぁ、はぁ……フーリ、無事?」
フーリ:
「んぉー! んーんー!」
コハク:
「あ、そっか。今外してあげるね」
フーリ:
「……っふぅ! ありがとよ、コハク。助かった」
コハク:
「怪我は?」
フーリ:
「大丈夫さ! ちょっと耳が痛いけどね」
コハク:
「よかったぁ。うぅ……、怖かったよぉ……」
フーリ:
「よく私を見つけられたね」
コハク:
「チッチがずっと見ててくれたみたい。フーリが危ないって」
フーリ:
「そうかい。じゃあその子にも感謝しないとね。ありがとうね、ちっこいの」
コハク:
「ふふっ。……早くエリス姉ちゃんにも知らせなきゃ。きっとあの人たちの狙いはエリス姉ちゃんだ」
フーリ:
「そうなのかい?」
コハク:
「うん、詳しくは言えないけど……。でも、エリス姉ちゃんなら、知っていれば絶対負けないんだから」
フーリ:
「なら早く合流して教えてあげないとね。場所はわかるのかい?」
コハク:
「……わからない。でも、チッチがいれば空からも探せる。エミールさんと、さっきの男の人たちで3人。あと1人をエリス姉ちゃんが追ってるはずだから、枝葉の揺れや走る音で探せると思う」
フーリ:
「よぉし! じゃあ2人でエリスを助けに行こう! 怪我してたら私の傷薬が火を吹くぜ!」
コハク:
「だめ! そんな危ない薬、エリス姉ちゃんに使わないで!」
フーリ:
「冗談冗談! 例え話だってぇ! コハクは本当にかわいいねぇ」
コハク:
「……もう」
リーベル、森の中。
サリュー:
「あら、ようやく? ……へぇ、なるほど。正直私の好みじゃないけど、やるしかないわよね……」
エリス:
「そろそろ諦めてくれませんか。もうあなたに勝ち目はありません。何を待っているのか知りませんが、既に魔法を纏った私には勝てませんよ」
サリュー:
「随分な自信じゃない」
エリス:
「そこですか」
サリュー:
「っ!」
エリス:
「見つけましたよ。もうかくれんぼは終わりですか?」
サリュー:
「そうね、そろそろ終わりにしましょう。もう必要もなくなったわ」
エリス:
「そうですか。お仲間さんから合図でもありましたか?」
サリュー:
「あら、さすがに気付かれちゃった?」
エリス:
「ええ、言っておきますが、私の家は一度中に入ってしまえば、中から鍵を開けない限り入れないようになっています。壁を壊そうとしても無駄です。外側に防護の魔法を掛けてありますから」
サリュー:
「へぇ、まあ、そういうのは彼らの仕事よ」
エリス:
「……わかりませんか? あなた方の目的が何であれ、達することはできません。このまま退いてくれるなら、見逃してあげます」
サリュー:
「そうねぇ、それでもよかったんだけど、最後に試してみたいものがあるのよね」
エリス:
「はぁ……、なんなんですか、あなたは。なぜこんなにも意味のないことで……」
サリュー:
「ほら、見える? こーれっ。あんまりこういうのは知らないでしょう?」
エリス:
「また、クロスボウですか」
サリュー:
「そう、クロスボウ。受けてみて」
エリス:
「吹け。――っきゃぁぁああ!」
サリュー:
「うーん、なるほど……やっぱり効率は悪いわね。悪すぎるわ」
エリス:
「っ! そんなっ、層流まで抜いてくるなんて……、うぅ……!」
サリュー:
「この矢、地方の工房で買ったんだけど、いくらしたと思う? 普通の矢の百倍よ? 一本作るのに一ヶ月も掛かるんですって。そのくせ、特殊な加工と特殊な材料を使うせいで威力は普通の矢より悪くて、上手く当てないと皮鎧だって抜けやしない。本当に……、面白いわよね」
エリス:
「……っ! そんなものを、持っていて、今まで遊んでいたんですかっ。私を弄んでっ」
サリュー:
「そんなことないわ。言ったでしょう? これ高いの。私だって2本しか持ってない。だから……、次は防いでね」
エリス:
「っ! 響、け……吹いてっ」
サリュー:
「遅いわ……」
コハク:
「お姉ちゃん!」
エリス:
「コハク!?」
コハク:
「うぁっ!」
エリス:
「っ……コハク! コハク! しっかりして!」
コハク:
「……お姉ちゃん、大丈夫……?」
エリス:
「っ!? コハク……、血が……!」
サリュー:
「時間通りですね。と言いたいところですが、戯れが過ぎます」
テルエス:
「そう言わないでよ。仲間想いだろう? 僕は」
サリュー:
「そうですね。とても、気分が悪いです。今回は言う通りにしましたが、軍人に子どもを撃たせるようなことは今後お控えください」
テルエス:
「参考にするよ」
サリュー:
「くれぐれも……」
エリス:
「コハク! コハク! 目を開けて!」
テルエス:
「あまり触れない方がいいよ、エリスさん」
エリス:
「エミール、さん……?」
テルエス:
「エリスさん、さっきぶり。少し話をしようよ」
エリス:
「そんな場合じゃありません! フーリ、フーリさんを呼んできてください! コハクが怪我を――」
テルエス:
「フーリさんなら、ここにいるよ。――イタロ」
イタロ:
「……」
エリス:
「フーリ、さん? どうして……」
テルエス:
「うるさかったから、少し眠ってもらったんだ。ねえ、エリスさん、取引をしようよ」
エリス:
「とり、ひき……?」
テルエス:
「本当はフーリさんだけでよかったんだけど、せっかくだからその子、コハクちゃんだっけ? 僕にちょうだい?」
エリス:
「何を……」
テルエス:
「我が国は優秀な者を求めている。エリス、君にも資格はあるが、今の君は応じないだろう。だから、代わりにこの2人をもらってあげる」
エリス:
「……響け、ひびっきゃぁぁあああ!」
テルエス:
「舐めているのかい? こんな至近距離で詠唱なんて。僕は強い方ではないが、矢が刺さった手負いの君なんて、武器すらいらない」
エリス:
「……っ、ふぅっ……うぅ」
テルエス:
「ほら、早く治療しないと、その子は死ぬよ? 大丈夫だ。君が一言、お願いします、と言えば、必ずすぐに治療すると約束しよう。その代わり、その子はもらう」
イタロ:
「なあ、サリュー」
サリュー:
「何?」
イタロ:
「これは正しいことなのか?」
サリュー:
「私に聞かないで。少なくとも、国益には寄与すると信じるしかないわね」
イタロ:
「うむぅ……そうか……」
エリス:
「……なぜ、こんなことを……エミールっ、ぅあぁぁあああ!」
テルエス:
「違うでしょう? 迷っている時間はないはずだよね?」
エリス:
「っ……ぐすっ……ふっ、ふぅっ……」
コハク:
「エリス、お姉ちゃん……」
エリス:
「コハクっ!」
コハク:
「あれ? ここは……、なんで、泣いてる、の……?」
エリス:
「コハクっ……」
テルエス:
「ほら」
エリス:
「っ……お、お願い、します……どうか、どうか……コハクの怪我を。……コハクを、助けてっ……」
テルエス:
「うん、約束する。いい子だね、エリス」
エリス:
「……っ!」
テルエス:
「サリュー、コハクの治療を。傷薬がフーリの懐に入っている。ありったけ使ってやれ。ああ、いや、エリスの分は残してあげよう」
サリュー:
「はい」
テルエス:
「足りなかったらイタロの錬金薬を使え。イタロ、持ってるな?」
イタロ:
「もちろんだ。跡すら残さんぞ」
テルエス:
「さあ、撤収だ。家に帰るまでが潜入任務だよ。各員、気を引き締めるように」
イタロ:
「了解だ」
サリュー:
「……了解」
エリス:
「エミー、ルっ……」
テルエス:
「ん?」
エリス:
「いつか、取り戻すから……全部、あなたも……」
テルエス:
「うん、君がタングリスニに来る日を楽しみにしている。我が国は君を歓迎するよ」
N:
「テルエス、イタロ、サリューがコハクとフーリを抱え、離れていく」
エリス:
「……っ……うぅ……あぁ、うぁ、あ、ああぁぁぁああああああああああ!」
N:
「日が暮れつつあるリーベルの森の中に、エリスの慟哭が飲み込まれていく。辺りから日の光が消えたころ、エリスは思い出したように自身の傷の治療をすると、月明かりを頼りに、とぼとぼと集落へ帰っていく」
エリス(M):
「兄さん……兄さん……。兄さんが、せっかく助けてくれたけど、私には、戦う理由ができてしまったみたいです。だから、どうか見守っていてください。いつか、私が全てを取り戻すまで」
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